好評エッセイ
LEMONADE KEIの初めての×××

第15回

 ハックショーイ!ズルズル、チーン!……久しぶりに大風邪をひいてしまった。

 普段「健康が一番」とバンドマンらしからぬモットーを掲げている僕であるが、今まさに「風邪とは本来こうあるべきだ」という見本のような状態だ。

 しかも、会う人会う人に「夏風邪は良くないよ」と開口一番言われてしまう程、見た目も病的で、その生気のない鉛色の肌はビジュアル系のようである。

 やむなくこうして病床に伏していると、幼き日の甘くも苦い思い出がよみがえって来るのであった。

 あれが生まれて初めてひいた風邪であったのか、物心ついてからの最初の風邪であったのか、今となっては分からないけれど、とにかく「風邪なんてひくもんじゃない」と痛烈に思わされたのが、10歳の夏の事であった。

 今回もそうだが、その時も一日目・のどの痛み、二日目・鼻水、三日目・せきと頭痛、四日目・昏睡という階段をキチンとふんで、みるみる悪くなっていった。

 学校を休みだしたのは、二日目あたりからだったろうか、鼻水はでるがまだこれといって体調は悪くなっていない僕は、風邪を理由に、平日の朝から家でゴロゴロできる特権を手に入れていた。午前中はNHKを、正午には「笑ってる場合ですよ!」を見ながら、可哀そうに今頃みんな学校で勉強してんだろうな…いや今は給食か、今日の給食なんだっけな…あ、レーズンパンか!可哀そうになあ…などと思いほくそ笑むのだった。また、普段おっかない母親も手のひらを返したように優しく、りんごをすってくれたりするのだ。僕はこの至れり尽くせりの状況に、たまに風邪をひくのも悪くないなあ、ちょくちょく水風呂でも浴びてみるかと不謹慎な事を考えていた。

 ところが、翌日。頭はガンガン、息も絶え絶え、声もガラガラ、事態は悪化。前日までの「苦しゅうない」殿様気分は、一転して「苦しい」トノサマガエルの有り様だ。頭の中では、ブラックジャックが「今夜が峠です」などと言っている。アッチョンブリケ。

Illust そうして病魔に冒され昏睡した僕は恐ろしい夢を見た。それは、ある部屋からある部屋へ荷物を移すという行為を永遠に続けるというモノだった。こうして書いてみると、ちっとも怖くはないのだが、僕は全身に寝汗をビッショリとかいて、生きた心地がしなかったのだ。後年、古代のエジプトかなんかで、同じような拷問があると知って、さもありなんと思ったものだ。何の意味も目的もない事を延々とさせられるのは人間にとって、かなりの苦痛なのである。

 それ以来僕は、セックス、ドラッグ、ロックンロールだろうが、デカダンスだろうが人間はやっぱり健康が一番だよねと力説している。が、不健康なナリをしているので、説得力に欠けるらしい。