ニューヨーク特派員報告
第208回

スーパー・ブラッド・ウルフムーン


最初は、なんかの冗談だと思った。Facebookに二人の友人がほぼ同時にそれぞれの訃報をアナウンスした。理由は書いていなかった。死んだと書いてあったひとりは、友人の元彼女のエレンで、もうひとりは、一緒にコンサートやったりした電子音楽の作曲などもやるデイブである。二人とも僕と同じ大学で音楽の勉強をしていた仲間だ。その直後、インターネットで検索しても何も詳しい情報は出てこなかった。ただ、その投稿のコメントは、全てその死を受け入れたものであった。しかし、その夜は、一体何が起こったかわからないままであった。

翌朝、その事の真相は大きく報じられていた。エレンとデイブは一緒に自殺した(ダブル・スーサイド)と書かれていた。ニューヨーク・ポストによれば二人は1年前に出会った時から、一緒に自殺すると決めてあったと書いてあった。二人は何かに絶望していたらしい。二人はヘルズ・キッチンのホテルの一室で、一酸化二窒素を用いた窒息で自らの命を絶った。新聞には、インスタグラムから引用された彼らの写真がデカデカとトップニュースに載っていた。ショックなのは当然だが、自分自身、どのようなリアクションをしたら良いのかわからない状態であった。

デイブは、ナイーブで、でも、ものすごく真面目で優しい奴だった。いつも会った時は、本の話題が多かった。読書家で、よく難しい本にチャレンジしていた。だから何読んでる?と聞かれるとしょうもない自己啓発とか読んでると恥ずかしく思ったものだった。プログラミングが得意で、Javaを使って電子音の即興とかをやっていた。一回、コンサートでコンピュータがトラブった時は、即興でデタラメな話をして笑いをとっていた。とても頭の回転が早かった。

エレンは、すごくおとなしいアジア系のアメリカ人だった。ソロで活動していて、エレクトロ・ポップな音楽をやっていた。静かだけど、知性の漂う音楽だった。クラスも一緒だったことがある。あまり喋らないけど、笑顔が印象的な女の子だった。最近、猫を飼い始めて、インスタでも一緒に写っている。この間の夏に、道ですれ違ったのが最後になってしまった。

二人ともまだ30歳そこそこの若さである。なぜ死を選んだのかはわからない。ただただ絶望して、死に対してのみ希望をもってしまったのだろうか。直接、関係者たちとは会っていないけど、Facebook でリアクションを追っていた。近い関係者達は、いまだにショック状態である。親しい人間が突然この世から居なくなったのである。そのショックは、想像を絶するものであるだろう。残酷だと思う。でも亡くなってしまった人間を責めるのも、美化するのもなんかしっくりこない。

年をとるごとに感じるのは、人間はちょっとした事でも、死んでしまったりすることだ。もう何人も友人がこの世を去った。ある友人は病気で、ある友人は事故で、ある友人はドラッグで死んでしまった。でも自殺は、初めてかも知れない。一緒に時間を過ごし、語り合った友人は、もう再会することはできない。そう思うと胸が締め付けられる。ソーシャル・メディアでは彼らのかつてのライブ映像や写真が次々にアップされた。それを見るたびにやるせない思いがした。

その夜は、スーパー・ブラッド・ウルフムーンという満月の皆既月食を見ることができた。氷点下10度という凍てついた街の空に浮かぶ月は一時間以上かけて、徐々に欠けていった。満月の全てが地球の影になった時、その円は、ひときわミステリアスな赤色に染まった。生と死の境目についてぼやっと考えた。

もくのあきおは電子音響音楽の作曲を中心に、パフォーマンスやノイズバンドなどでも活動している。

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