ニューヨーク特派員報告
第183回

未来はあるのか?


もはやあちこちのメディアがとりあげすぎて、耳タコ話だが、やはり今回の選挙の結果がもたらしたショックと混乱は、まだ序の口にすぎない気がして怖い。もちろん、不安になったところでポジティブな結果にはつながらないだろうけど、思いもよらぬこの悪夢は、2001年の同時多発テロと同じクラスのものである。なぜこのような結果をもたらしたか?という内容は、大手の機関が専門的な考察をしているので、ここでは、個人的なリサーチに基づくまとめにとどめる。

僕は市民権をもっていないので投票できないが、もちろん結果は気になって、当日の夜は作曲作業の傍に、ニューヨークタイムスのウエブページやら開票結果がライブ中継されているサイトを目にして愕然とし、作曲どころではなくなった。そしてこの目を疑いつつ、ついには絶望感と共にベッドに向かうことになった。日本の右傾化が気になっていたけど、まさかアメリカはさらに極右の方へかたむくなどとは、笑い話にもならない。多くの人がフェィク・ニュース(デマ)に踊らされているような気がしてならない。世界の分断化は思った以上に急ピッチで進行しているようだ。

有りえないはずであった結果に、ニューヨーク中が絶望に包まれ、コロンビア大学の学生達も怒りとショックで憔悴していた。周りが感情的になると、自分はかえって冷静になれるものである。とりあえず、この事態をどう解釈し、受け入れるべきかという心境がいまだに続いている。まず、この現実とどう向き合っていくのかということ。そして、この先にあり得る困難にむけて体制を整えていくべきであろう。知恵と仲間との団結が大切だ。

個人的には、米国にいてこの事態を楽観視している人と話すと落ち込むので、専門家の意見に耳を傾ける。この事態を予測していたマイケル・ムーアの言っていることは頼もしく、励みになる。左翼派の哲学者ジジェクは、この混乱はヒラリーが政権をとるよりはましだと解釈している。特権階級による世界経済の支配を破壊することができるからである。活動家でもあるチョムスキーは、もしトランプになればアメリカの没落ひいては、世界は破滅すると言っていた。冷静に2人の政策を比較してみれば、ヒラリーのほうが10倍ましだという。とくに、世界を破滅に導く要因は、地球温暖化に関する否定的な考えとアメリカ第一の経済政策といったところだ。ちなみにスティーブ・ホーキンス曰く、今地球は、もっとも危険な時期に直面しているらしい。

CIAの元工作員で、告発者のスノーデンは、このトランプ勝利についてのコメントはクールであった。国際手配されてまで、真実を告発した彼だからこそ受け入れられる視点だが、「たかが大統領」である。アメリカ市民それぞれの生活や思想が「たかが大統領」に左右されるほど、重要視する必要はないということである。

トランプの勝利が決まってから、マイノリティーに対するヘイトクライムが多発している。ムスリムやメキシコ系の子供達が学校でいじめられたり、罵倒するような落書きが書かれたり、移民に対して罵声が浴びせかけられたり。LGBTも白人至上主義連中からは攻撃の対象だ。ニューヨーク市長は、不法移民も全ての人種の権利も守るという宣言して、ホットラインも設立した。ロサンジェルス警察も不法移民の捜査には協力しないという声明を発表。ブリックリン大学でも、あえていかなる人種やセクシャリティもその多様さを歓迎するという声明を発表した。これらのことは、長いアメリカの歴史のうえで葛藤を繰り返し勝ち取ってきたはずのものだ。だが、それがこの大統領選の結果によって、揺さぶられているのである。

とにかく、選挙の怖さを思い知らされた。日本でもそうだが、ナショナリストは団結力がある。しかしリベラリストは個性を尊重し、考えの一致を強要しないせいか、票がわれやすい。多くの国民に支持されていなくても、権力を握った政権は、彼らのイデオロギーで国を動かし始める。そうやって、同じ国でも歴史上、社会主義になったり軍国主義になったりするわけだ。今回の結果は、そういった民主主義のリスク(暴民化)、最悪のパターンとして語り継がれることになるだろう。トランプ旋風を侮った罰をあたえられたということか。根拠のない事実を平然とがなりたてる差別主義者が大統領の座を得てしまったのだ!もはや未来は予測不可能になってしまった(悪い意味で)。

もくのあきおは、在米歴22年の電子音響・実験音楽作曲家。たまにノイズバンドでも活動している。

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