ニューヨーク特派員報告
第163回

「名古屋の現代音楽」


まだ氷点下の気温が続いていた3月半ば、僕の電子音響音楽の先生であるギアーズ氏が、新曲を発表するというので、コンサートへ出かけた。その頃、ヴィオラの為の曲作りで煮詰まっていたので、インスピレーションを求めついでにちょうど良かった。そのコンサートは、Japan-USA: Musical Perspective(JUMP)と題されていて、日本とアメリカの作曲家達の作品を発表するシリーズであった。ユニオンスクエアに近いその会場につき、ギアーズ氏に挨拶すると、すぐに「紹介したい人がいる」とそのコンサートの主催者のとこへ僕を連れて行ってくれた。その人は、作曲家の伊藤美由紀氏。なんと名古屋(!)の方であった。そしてその日に参加していた日本の作曲家のほとんどはフロム名古屋であった:)。

コンサートの演奏は、すべて、雅楽に用いられる管楽器の笙、ピアノとエレクトロニクスのいずれかを用いた作品。ギアーズ氏の新作はピアノとエレクトロニクスであった。彼のはち切れんばかりのエネルギッシュさが反映されたダイナミックな作品であった。後半のピアノが破壊されそうな連打は、唖然とするほど強烈であった。一方、伊藤氏のピアノの笙の作品は、あまり耳にすることのない特殊で繊細なハーモニーで、音がその場の空気に溶け込んでいくような瞬間を感じる美しい作品であった。そのほかのどの作品も、完成度の高い聴きごたえのあるものであった。また笙とは、つくづく神秘的でカラフルな音を出す楽器だと感じた。

主催者の伊藤氏は、愛知県芸術大学を卒業してから、マンハッタン音楽学校を経てコロンビア大学で博士号を習得し、フランス国立音響音楽研究所で研究をした後、いろいろ受賞もしているという強力なキャリアの持ち主 。実は、そのコンサートの2日後、僕の通っている学校でレクチャーがあり、彼女の作曲のコンセプトと他の作品を数曲、聞かせてもらった。フランスの現代音楽家、トリスタン・ミュライユに師事していたようで、倍音を基調としたスペクトルな作曲もする。また、Max(オブジェクト指向プログラミング音楽用語言語)を用いた電子音響な作品などもあり、緻密に計算された高度な音響的な作品は、耳に新鮮である。また特筆するべきは、多くの作品が笙、琵琶、三味線や琴などの日本古来の楽器をつかっていることである。微分音(半音の間にある音)を使って書かれた琴とギターの曲を聴かせてもらった。古典的なスケールを使わず音響的な部分から再構築された音列。その琴の音の感触はお正月やうどん屋などで耳にする音色とは全く異なったエキゾチックな中に緊張感を伴ったものであった。

伊藤氏は、名古屋を中心に芸大などで教鞭をとる傍、 「ニンフェアール」というコンサートシリーズも主宰している。日本と海外の作品を取り混ぜた現代音楽の新作を紹介しているようだ。僕のみたJUMPはニューヨークでも何度か行われているようである。名古屋の作曲家といえば、地下鉄接近メロディーを作った水野みかこ氏のことは、リサーチした時に出てきて知っていたが、彼女の事は知らなかった。こんなすばらしい現代音楽の作曲家が名古屋にいたなんて驚きである。と彼女に言ったら、佐近田展康氏(Maxの教科書の作者)や三輪 眞弘氏(逆シュミレーション音楽の提唱者)もいると言われ、はっとした。もしや名古屋には、現代音楽家を引き寄せる磁場があるのか?

現代音楽は日常にありふれていないので、探さないと出会うことのない世界である。ピュアに音楽の芸術性を追求し、つねに創造的に発展し続けている。旋律の難解なものや、不協和音やそのように聞こえるものもあり、一般的な生活にフィットしにくい部分はあるかもしれない。しかし、その世界は、文学でもアートでは示すことのできない現代思想、哲学や形而上学的ロマンなどの表象を感じさせてくれる。そんな世界に耳を凝らして鑑賞し、いったん何かが心の奥底で共鳴し感動すると、快楽すら生じるともあり、実に奥の深いものである。名古屋からも、そんな新しい音楽が発信されていることを知り嬉しく思った。

もくのあきおは、ニューヨーク市立大学ブルックリン校の修士課程で電子音響音楽の作曲の勉強をしながらノイズバンドなどで活動している。

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