ニューヨーク特派員報告
第161回

「ビレッジのアナログ社会」


Larry7(ラリー・セブン)。もう何度、このコラムに登場しただろうか。しかし、やはりニューヨーク・アンダーグラウンドを語るのに彼ほどそれを象徴し、そして話題に事欠かない芸術家はなかなか見当たらないのだ。そしてそんな彼の半生が、この度、なんと、映画化され、先日、アンソロジー・フィルム・アーカイブスにおいて上映された。そのタイトルは、Not Junk Yet – The Art of Larry 7。

監督は、現在ベルリンに住むアメリカ人女性、ダニエル・デ・ピチオット。ラリーに関わった多数のアーティスト達のインタビューから、芸術家として(ノイズ、サウンドアート、ジャンクアート、メディアアート、写真、インスタレーション)のLarry7の30年あまりに渡るイーストビレッジを拠点とした活動を多角的な視点から浮き彫りにしている。とにかく、出演陣が豪華である。ラリーの先生でもあったトニー・コンラッド(前衛映像アーティスト)、マシュー・バーニーやリディア・ランチなどを始め、彼と特に親交の深いビル(Swans)ジャーボウ(Swans),ジム(the bad seeds),アレックス(Einstürzende Neubauten)、ジミー・テナーやジム・フィータスなどである。

上記のアーティスト達は、80年代のポスト・パンクの時代を生きた人間なら親しみのある名前であろう。他にも複数の視覚芸術家も登場していた。35年近くビレッジのアベニューAとBにあるアパートで暮らし続けているラリーの活動は、ニューヨークのサブカルチャーを振り返ることと重なる。ナイアガラの滝があるバファローから上京し、ウォーホールの写真から始まり、アート作品の写真を撮る仕事をしながら、彼独自のミニマリズム、ノイズ、そしてコンセプチュアルな表現活動をし続けてきた彼の半生はとても興味深い。

実は、僕の参加しているノイズバンドのElectroputasとラリーとの関係は深く、その始まりは97年にビレッジのバーの地下で始めたInput +/-シリーズから始まる。この映画の中でもビル・ブロンソンがチラシを片手に言及していたが、4年ほど、毎月、実験音楽や映像やパフォーマンス系のイベントを続けていて、上記の方々が何度か参加してくれ、かなり伝説的なイベントになった。以後も不定期でつづけている。また、まぼろしであるputasの4作目も全面的にプロデュースし、ライブにも一度参加してもらったこともある。ギタリストのジョーと親交が深く、一緒にレーベルも始めている。

1997年から2005年までビレッジで暮らしていた頃、フリーマーケットや中古楽器などで、よくラリーを見かけることがあった。長年の間にあちこちから仕入れた機材(オープンリールのテープや50年代にラジオ局で使われていたダイヤル式のミキサー、真空管のコンプレッサーや、年代物のコンデンサーマイクやオシレーターなどのアンティーク?)がラリーのアパートにはところ狭しとひしめいている。これらの機材は、発売当時は個人では所有不可能なくらいの高価なものであったが、デジタル化がすすんだ現在ではほとんど価値がなくなってしまった 。

たしかに、アナログの機材は場所を取るだけでなく、デジタルのように音データを視覚化できないので編集しにくくできることが限られている。しかしそういった不便さや扱いにくさとはうらはらに、アナログならではの独特のあたたかさやリッチな質感がある。ツマミを回して、針の動きを見ながらコントロールする物質的な触れ合いがある。意地でもデジタルなものを否定しつづけているラリーのこだわりはそこにある。音も映像も結果ではなく、そこに至るまでの過程をひっくるめることに重きを置く。Not Junk Yetというタイトルの意味は、「まだクズではない」ということ。それは便利さが質より先行し、アナログ機材が無価値化していくことへの批判とダブらせた彼自身の美学ともいえよう。

映画上映の最終日は、ラリー自身のスライドのパフォーマンスがあった。会場は超満員のソールドアウト。おおよそ彼の関わったであろう人々 が入りきれないくらい集結し、それはまるで同窓会のようであった。誰にでも同じ声のトーンで話をするラリーは、大勢の観衆の前でも同じようにやわらかな早口ではなしていた。彼のチョイスしたニューヨークの3D を含めた映像がランダム(年代もカテゴリーも)に投射され、まるでビレッジでの35年という時間の中でのラリーの記憶そのもののようであった。イーストビレッジに根ざした芸術家、Larry7をドキュメントしたこの映画が、いずれ日本の劇場でも公開される日が来ることを切に願う。

もくのあきおは、ニューヨーク市立大学大学院の修士課程にて、電子音響音楽の作曲を勉強しながら、ノイズバンドなどで活動している。

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