ニューヨーク特派員報告
第148回

年越しノイズ


去年、「あまちゃん」の話題をあちこちでみたりしたが、残念ながら、海外では簡単に視聴できないので、そのストーリーなどはあまり知らないが、音楽を大友良英が担当していたということで、非常に興味があった。2年前にサウンド・アートのクラスのプロジェクトで、彼についてリサーチもしたし、長年にわたって気になり続けている音楽家のひとりである。

先日、母の口から大友良英の名前がでてきたときは、時代も変わった、とうとうノイズが市民権を得る時代がきたか、と思ったものである。僕がノイズバンドをやっていることを知っている母にNHKの朝の連続ドラマから、そういった方向にも興味をもたせた風潮は、よろこばしいことである。

例年のごとく里帰りをしている僕は紅白歌合戦で、あまちゃんバンドの演奏を観ることができた。アイドルっぽい女子がおもしろい歌詞を歌っているなあ、とみていて僕ははっとした。それはSachiko.Mの出すサイン波がカクテルパーティー効果(音声の選択的聴取)のごとくはっきりと聴こえてきたからである。まわり数人にそのことを言うと、案外誰も気付いていなかったようであった。

サイン波とは、 倍音のまったくない純粋なピッチで、空っぽのサンプラーなど聴くことのできるベタな電子音楽的な音である。 高音になると、金属を引っ掻いた時のように、神経に触る感じがする。自然界には存在しない人工的な音で、聴き分けやすい響きをしていて、 聴こえているはずだが、感知することができない音をズームアップしたようなものともいえる。日本語では正弦波とよばれ、オシロスコープなどでみると一定の曲線の波型で表示される。Sachiko.Mはそのサイン波だけを使って長年、即興演奏をし続けている。

紅白の中では、そのサイン波やノイズギターが、さりげなく楽曲に取り入れられて演奏されていた。その独特の「調子っぱずれ」さは、なにか独特のおかしさや楽しさを醸し出すのに、ひとやくかっていたように思えた。昔、ニューヨークのニッティングファクトリーで客もまばらな中、延々と頭痛のするようなノイズを演奏していた姿や、ターンテーブルで即興演奏のレクチャーを客もまばらな二子玉川でしていたことなどから考えると、まさかこんな日が来るとは思ってもいなかった 。実に素晴らしいことである。

僕が前、クラスでリサーチしたのは、ONKYO(音響)という大友氏を中心とした密かなブームについてだったわけだけど、彼の音に対する哲学は多くの即興演奏家やその愛好家に影響力があった事を知った。 ジャズや即興に対する感受性についてや、音響心理学的なアナライズなど人にわかり易い言葉で伝えるのがうまい人だと、ブログなどを読んだ時に思った。音楽を彼独自の視点・経験・世界観を表現し、論じ、そしてまわりを巻き込んでゆく。

ワン・ジーというブルックリン大学で教えている作曲家の講演会を観に行った時、彼女を其処まで導いてくれた勇気づけられる言葉をいくつか紹介していて、その中のひとつで、とても僕に希望を与えてくれたものがあった。それは、彼女の先生が「作曲家とは、どういう人間か?」と彼女に問うた時のその先生の答えである。それは「1日4時間、20年間(約3万時間)を作曲に費やした人間である」ということだ。僕も、いろいろやりながらその半分くらいは費やしたかもしれない。しかし、大友良英は、きっとその3万時間をクリアし、あの晴れ舞台にたっていたのであろう。ノイズという音楽をお茶の間へ紹介した彼の功績は重要である。それにしても、そのドラマ、いずれちゃんと観てみたいものである。

もくのあきおは、コロンビア大学でイベント関係の仕事をしながら、ニューヨーク大学機構の修士課程で電子音響音楽の作曲の勉強をしている元今池ロッカーズ。

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