ニューヨーク特派員報告
第129回

ブロンクスの生活


4ヶ月前に、ブロンクス地区へ引っ越した。ニューヨークへ来てからずっとマンハッタン暮らしだったけど、気分的に、あの喧噪から逃れたかったのもひとつの理由。とはいえ、そもそも住んでいたワシントンハイツからは、ハーレム川にかかる橋を渡っただけの場所なのでそんなに遠くへ動いた訳ではないのだが。ここは、空がでっかくていい。

マンハッタンの最北端に位置するインウッドというエリアでも部屋をさがしたが、ボロい割に値段がさして安くもない。しかし、ただ橋を渡っただけで、地区が変わっただけで、ブロンクスには、敷金礼金なしのアパートが沢山あるのだ。しかも、広めでこぎれい。仕事仲間にいい不動産屋を紹介してもらって、今のとこに決めた。僕のような日本人種は、全く住んではいないが、ご近所の方々は温かく迎え入れてくれた。

155ストリートを東へまっすぐいくとその橋はある。渡ったそこは、ヤンキー球場だ。試合のある時はまるで祭りの様な人だかり。その際のトラフィックは、あちこちの道を閉鎖するので、あらかじめ対策しておけば巻込まれる事はない。地下鉄も電車もバスもあるアクセスしやすい便利な地域である。4トレインの駅は、高架上にあり、球場や、隣接する公園が見下ろせる眺めのいいプラットホームだ。

このあたりは、サウスブロンクスといって、かつては貧困やドラッグが蔓延し犯罪が多発する荒廃したスラムというイメージがあったが、すでにそういった地域は縮小し、ほんの一部をのぞいては、実にのどかなベットタウンといった感じである。僕の住む165ストリートは、ヒスパニック、メキシカン、黒人と若干の中東系が居住していて、あまりワシントンハイツと変わらないが、大きな違いはみなさんご家族で暮らしているというところだ。僕のビルにも沢山、小学生くらいの子供達が走り回っている。

ご近所には、非常に多くの公園があり、子供達が野球やサッカーをしたり、自転車の練習をしたりしていて、お母さん達は、井戸端会議をしている。日本の下町でよく見る光景に近いものが(人種が違うので似ているというと変だが)広がっており、これはマンハッタンではあまり見なかったので、僕には新鮮であり、また、ノスタルジックでもある。そこには、家族の生活があり、子供達の笑いが響き渡っている。中学生くらいの初々しいカップルもいたり、団地風情漂う素朴なハピネスがある。

新しい部屋の窓の向こう側は、ゴスペル教会。金曜の夜と、日曜日は、かなりヒートアップした黒人霊歌が轟いている。セブンスを使用したソウルフルなフルバンドをバックに、失神しそうなくらいの叫び、祈祷する様に「生」を讃えるそのエネルギーは凄まじい。マイクの音は、その絶叫に歪みっぱなしだ。映画「ブルースブラザーズ」でジェームス・ブラウンが神父に扮し教会で白熱するシーンがあるのだが、あれは、誇大された表現ではない。「ハッレルーヤッ!!」そのテンションの高さは、僕の心も浄化してくれる。

ゴスペルは、グットバイブなのでさらり流せるのだが、週末の深夜のパーティー騒音は、頂けない。壁が薄いのと、サブウーハーの普及の所為で、低音の振動が眠りを妨げる。あのサルサ、メレンゲ、ハウスなどのアッパーでブーミーな反復は、いまや自分にはトラウマ化して耳が閉じる音楽ジャンルになってしまった。ビルの谷間からたまに聴こえてくる兄さんがラップの練習している声や、オカンが子供に怒鳴り散らしている声は、下町情緒的音の風物詩と考えている。

オバマ氏が大統領になってから、アメリカの空気は変わったと実感することがある。人種間の軋轢が目に見えて減ったと感じる。ブロンクスやハーレムなどのつらい過去をもつ、かつてのマイノリティは徐々にマジョリティになりつつある。無邪気に走り回っている子供達、肌の色も宗教も思想も違う多民族が普通に共存できるようになってきているこの国は、つくづく平和になったものだと思う。

もくのあきおは、ニューヨーク市立大学大学院の修士課程で、パフォーマンスの勉強をしながら、コロンビア大学でイベント関係の仕事をし、ノイズバンドなどにも参加している。

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