ニューヨーク特派員報告
第108回

六根清浄


この夏は、かつてからの念願叶いまとまった時間がとれたので、ちょっとしたチャレンジを試みた。それは、9日間、山にこもって瞑想をするということ。山といっても、そこにはちゃんと瞑想センターの施設があるので、森林の中、地べたに座ってやるワイルドな感じより、座禅の修行といった雰囲気。猛暑日の中、マサチューセッツ州の奥まった、野生のリンゴの木が茂る山の中まで、バスで4時間近くかけて行った。

もともと落ち着きが無く、多動性障害の気があるのを修正したかったのと、姿勢をよくしたかったのと、悪循環する生活習慣のリセット、そして、目まぐるしく溢れかえる情報から完璧に遮断されたかった事などが、瞑想修行にかりたてた主な理由。ニューヨークという欲望の渦巻く大都会で日々多忙に動き回っていると、刺激にも鈍感になりクレイジーになっている自分を忘れてしまう。一度、すべてシャットアウトして自分と正面から向き合って、内面世界を追求したかったのだ。

瞑想法にもいろいろあるが、これは、ヴィパッサナーという仏陀が悟りに達した時に用いたといわれる方法。ゴエンカ氏というビルマ出身の先生がカセットテープで、手ほどきしてくれた。頭の中を無にする一般的の禅の方法とは異なり、心の中などを観察するのだ。ヴィパッサナーとはパーリ語で「観」という意味。アタマに浮かんでくるあらゆる雑念を、無理に追っ払う事無くじっと見つめる。そして、体中にわきあがってくる痛みにも反応せず、ジっと見つめる。後者のほうはかなりの苦痛を伴う訳だが、克服したときに得るものは大きい。欲望の仕組みを体で覚える。いちいちリアクトせず、ただただ客観性をもって観察するのだ。

とはいえ、いきなりヴィパッサナーには入らず、最初の3日間は、アーナパーナという一点にだけ意識を集中させる方法からはいる。毎日、朝から晩まで、あらゆる外的な刺激にさらされている人間が、いきなり目を瞑ってずっと座っているという事はかなり大変な事だ。まず、腰の痛みがハンパでない。精神的にもくる。たまにナーバスブレイクダウンしてしまう人や、泣き出してしまう人もいるみたいだ。僕の場合、沢山の見知らぬ人が話しかけてくる幻覚みたいなものを観た。目を瞑ればくっきりとしたイメージが浮かんで、語りかけてきた。おそらく毎日たくさんの人に出会い続けている状態がいきなりストップしたからであろう。

アーナパーナの時は、座っている姿勢に指定はない。目を閉じて鼻の穴の空気が触れるあたりに意識を集中させているだけでいい。おいしい山の空気を思いっきり吸いながら小鳥のさえずりと蝉や虫の声しか響かない静寂の中で好きなだけ思考にふける。過去をふりかえることもできる。今回は9日コースだが、1ヶ月や3ヶ月のコースもある。9日という時間は、瞑想が表面にある意識の奥にある所謂「無意識」に到達するのに必要な最低限のスパンのようだ。その無意識の状態に到達しないと深い瞑想はできない。

4日目の午後に、ヴィパッサナーの手ほどきを受ける。この方法を超単純化して説明すると、体の動きは全く止め、意識だけを体中隈無く這い回らせる。頭のてっぺん、上腕部、下腹部、など部分部分を感じるのだ。自律神経をコントロールする感じ。意識が動き回る事と、山の神秘と集団催眠がそうさせたのか、1時間という時間、カタを崩さず座り続ける事が初めてできたときは涙が出る程うれしかった。真の目的は、ここからなのだろうけど、とりあえず出来た自分に感動していた。

それから、1日3回、1時間ずつは、絶対に動いてはならないという約束をする。しびれやかゆみや痛みなどの感覚に打ち勝って行かなければならなかった。感覚というものは、ずっと同じではない。実はじっと見つめていると、変化(アニッチャー)してゆくのだ。痛みは同時に2カ所感じる事ができない事や、意識をそらせる事で和らげる事ができるのは経験を通して知っていた。しかし、人間の持つ適応能力というのは、感覚をも支配する事が可能だと己の体から学ぶのだ。自分で自分をコントロールすることが可能になれば、それ以上の自由があるだろうか?僕は、ひたすらその身体感覚と心の関係性を模索しつづけた。

インドでは、25世紀前にすでに素粒子の概念があったという。感覚とは、神経細胞のシナプスの間をスパーク(電気)して伝わって行く。体中の神経は脊髄をつたって脳に信号を送り、それを知覚する。これは、一般心理学で習った事だが、おそらく深い瞑想でも到達できる仕組みなのであろう。ヴィパッサナー道場は、世界中にある。施設は寄付とボランティアで運営されているのでお金がなくても誰でも参加できる。日本にも2つあるので、是非、興味のある人は体験してもらいたい。

もくのあきおは、ニューヨーク市立大学大学院の修士課程で、メディアアートの勉強をしながら、ノイズ、エレクトロニック系のバンド活動をしている。

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