ニューヨーク特派員報告
第107回

地下鉄にみる


これは、自分に課せられた課題なのかもしれないと思っている。往復約2時間半、週に2回以上、地下鉄の中で時間を過ごさ無ければならぬ日々。もう1年近く続いている(あと2年くらい続ける予定)。マンハッタンは北端のハーレムから、隣町のブルックリンの南側にある大学までアップダウンを繰り返している。名古屋で言えば、藤が丘から名古屋港へ行く1.5倍くらい時間がかかる。快速で豊橋から名古屋へ行くより時間がかかるのだ。

ニューヨークの地下鉄は、24時間動いてはいるし、どこまでいっても2ドル25セント(約210円)。なんか、これ一見、便利そうなのだが、慣れてくるとさほどでもない。夜中になれば、20−30分に1本くらいのペースで、各駅に停車するし、動かなくなる線もある。週末も、本数が減って、大幅にスケジュールが変わるので使えない時もあったりする。大学へ向かう2、5トレインなんか、ダイヤグラムが適当なせいか、終点に近くなるとスピードが落ちる。100年以上古い線もあり、修復工事のために、想定外のハプニングの可能性も高い。冬はコンスタントなドアの開閉に保温もままならず電車の中でも凍えそうになる時がある。

すべてのシートは、お世辞にも座り心地の良いものとはいえない。日本のようにふんわりとしたクッション的なものは皆無で、ツルツルのプラスチック製のモノしか無い。しかも厄介な事に、そのベンチ状のシートには、すべて尻が収まるようなくぼみがあるのだ。肥満大国のこの国では、やはりそれに収まる人は7割に満たないから、1席半くらい必要な人の隣には、中途半端なスペースができてしまう 。運転も荒いことが多く、急ブレーキなんてしょっちゅうで、読書とかしていると気持ち悪くなってしまうときもある。ずっと座っていると腰がおかしくなるので、たまに立ったりして背骨をアジャストする必要もある。往復をたいしたブランクもなく連続させると、三半規管がおかしくなる。

マンハッタンを抜けるのに約30分、そしてイーストリバーに架かる橋を渡ってブルックリンに入る。ここで多くの乗客は、携帯をチェックする。遠目に自由の女神も見えちょっとした気分転換になる。 大抵窓の外は、真っ暗なので、太陽光はなんともうれしいものだ。地下鉄はブルックリンの中盤あたりから、地上を走る電車へと変わる。民家の間をゆっくりと進んでゆく。乗客層も変わる。2、5、Aは、黒人系。B,D,Qは、ロシア系とユダヤ系、N,R,Fは中国系が多くなる。同じ路線でも、区間によって人種が変わる。

なにはともあれ、庶民の味方の交通機関である事には変わりなく、電車の車両内は公共の場。ニューヨーク、はたまたアメリカ合衆国の社会の縮図がそこにある訳だ。そして、当然ながら時間帯によって表情が違う。 日本の様なすし詰めは無いが、朝には、通勤ラッシュがあり、夕方は帰宅ラッシュもある。大半の乗客はスマートフォンで、ゲームをしたり、音楽を聞いたり、本を読んだりして過ごしている。本当は駄目なのだけど、たまに食事をしている人も見かける。

電車の中で、必ず遭遇するのは助けの寄付を求めるホームレス、お菓子を売る子供、玩具を売るアジア人、チップを稼ぐためのパフォーマンスなどだ。Aトレインでは、黒人の子供が空中回転を何度もする凄いブレイクダンスをするのを観た事がある。1トレインはメキシコ人の陽気な弾き語りをよく目にする。奇病なのか、できもので顔が3倍くらいにただれて膨れ上がっている人が、寄付を求めているのを目にして足がすくんだ事もあった。なにかブツブツと怒っている人や、放尿したまま眠っているホームレスもたまにいる。社会問題について考えさせられることが多い。

この街での生活も16年近くなると、電車でばったり知人と再会することもある。仕事帰りに、昔のクラスメイトと遭遇して近況を話あったこともある。夜は、恋人同士が仲睦まじくしていたり、疲れ果てて、眠りこけているひともいる。なんか暗い顔で考えこんでいる人もいれば読書に没頭している人もいる。そこには、 様々なドラマがみてとれる。地下鉄という、移動しながら不安定な運動を繰り返すノイジーな公共の密室。そこに長時間、身を置くと、今を生きる人々のバイブが直に伝わってくる。 地下鉄は、まるでこの街という生命体の脈々とした血流のようだ

もくのあきおは、ニューヨーク市立大学の修士課程で、インタラクティブ・アートの勉強をしながら、ノイズ/電子音楽バンドなどでも活動している。

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