ニューヨーク特派員報告
第101回

超コミュニケーション


またしても、話題はブルックリン大学院のパフォーマンス&インタラクティブ・メディア・アート(PIMA)のクラス。学期の前半は、毎週違ったコラボレーター達とともに、与えられたテーマでパフォーマンスをし、それについてディスカッションをするという授業を繰り返していた。1週間という限られた時間内で話をとりまとめて、リハから仕込みまでするのは楽な事ではない。演劇系を学んでいる生徒達は、シナリオ作りなどのアイデアが既に頭に入っているので、それを取り入れたり、カリオグラフを学んだ生徒からそういったダンスの手法を取り入れたりする。だから、コラボレーターによってその実演の形態は、微妙な化学反応の可能性を秘めている。もちろん生徒達はオーディエンスとしても楽しみ方を心得ているし、批評家としての鋭い目も養っているから、実演/経験を通して、ともに学んでいくというクラスなのだ。

担当ディレクターのデビット・グラッブス教授は、かつて日本をツアーしたこともあるインディー系では知られたミュージシャン。ケージについての論文なんかも書いているみたいだ。そんな彼がセットしたテーマで、「音」についてのパフォーマンスというのがあった。今回の面子は、クラスで一番ギャルの、サディステックなまでに夢見がちな詩人ローラと、ベネズエラから来た危険なプログラマー、ウルフギャングとギリシャからきたプロの美人歌手レダと、僕を含めて4人。このような全員国籍が違う集団は、僕としては居心地がよい。

とりあえず全員の都合のいい時間を見つけ出してミーティング。大学のカフェで待ち合わせしたけど、腹ペコな学生達は、ジャークチキンのおいしいカリビアン系食堂へと即移動。そこで、「音」の空間感覚や、ちょっと角度を変えた認識などを表現するために、あれやこれやをつきないアイデアが飛び交い、結局、話はまとまらなかった。往復3時間以上の移動時間を費やしてブルックリンの果てまできたが、この日の収穫は、漠然としたものであった。

その週の土曜日、コロンビア大学で行われる建築出身の現代音楽家、クセナキスの曲が演奏されるコンサートへ、2度目のミーティングが行われた後、みんなで鑑賞しに行くという運びになった。実は、「音」を意識させる音楽として、僕は強烈に、2年前に観た雅楽の演奏者達による武満徹の「四季」のパフォーマンスの印象が強く、提唱せずにはいられなかった。とりあえず、ウルフは独自の音響装置Max/MSPをラップトップにすでに備えており、レダはリュートにピックアップをつけ、ローラは音についての講義をランダム編集したカセットテープ、僕は縦笛とミニテルミンという曲の素材がその場でまとまり、いざブルックリン南端から、マンハッタン北端のコンサート会場へむけその芸術国連多動性集団 は、タクシーに乗り込んだのである。

この珍道中は、いずれ脚本にして映画化したいくらいエクストリームだった。まずは、モロッコ出身だという運転手さんは、レダの話すギリシャ語や話題に、異常にヒットしていたと思えば、助手席に座ったローラはいきなりカーステのチューナーをいじり始め、曲にあわせて大声で歌い始めるし、ウルフは自分の携帯からノイズ音楽を流し、日本人の恋人といちゃつく。なんの脈絡もない会話や、やり取りに運転手さんは、出会ったばかりの子供のように無邪気さが感染。現代音楽のコンサートへの期待を胸に、マンハッタン橋の手前の夜景にみんなでうっとりとまったりした直後、我々は予期せぬ高速の渋滞に遭遇した。

リムジンという密室の中、スキゾフレニックでADHDの気がある4人に、おそらく普通な2人が、コンサート開演ぎりぎりに渋滞という窮地にたたされた。真っ赤なテールランプは遥か彼方まで続いており、1分に30センチのスピードで動いていた。ローラのチューナーを変える頻度はどんどんと上がりはじめた。すると、その不穏な空気を底抜けなアッパーに転じるがごとく、みんなで訳の分からぬヒットソングの大合唱となったのだ。僕は、いつもこのクラスメイト達は予測不可能だと感じていたが、計り知れないハイパーさに満ちあふれている事を改めて実感し、複雑な数式を用いたクセナキスの楽曲を鑑賞する代わりにその場で起こっている多国籍の超がつくほどのイノセンスに、意味深さを見いださすには居られなかった 。

そして我々のパフォーマンス本番は、シアターや音楽練習室などのある、おんぼろビルディングの地下の一室で行われた。静けさをマキシマムに表現するべく、僕がトランスクライブした概念的楽譜は、 完璧以上の出来で演奏された。うまく行く時は、アクシデントをもプラスの要素に働くし、計画通りにプロットが伝わっている事を肌で感じるのは、このうえない充実感を伴うものだ。あらためて、僕はこういった事に病み付きになって生きているのだと実感したのであった。

もくのあきおは、1968年生まれの自称音楽研究家。ノイズやエレクトロニックなどのバンドで、長期にわたりアンダーグラウンドな活動を続けている

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