ニューヨーク特派員報告
第99回

PIMA


終わりがきて、3時間後に始まりが来た。なんのことかというと、学校のこと。2週間ろくすっぽ眠らずスタジオでミックスし、ソニックアーツという専攻を終わらせたその数時間後には、ブルックリン大学の大学院過程でのクラスを、祝杯の酔いも覚めやらぬまま、半分気を失いながら受けていた。MAX/MSPというサウンドプロセッシングするプログラムを、パッチなどをつかって好きなようにカスタマイズしていくソフトの授業。シーケンスやレコーディング専門でやっていた僕には未開のエリアで、とても興味津々。

ブルックリン大学は、いままで通っていたニューヨーク市立大学機構のシティカレッジと同じ系列で、創立は1930年。かつては、ビート詩人のギーンズバーグが教鞭をとっていたり、スーサイドのアラン・ベガが通っていたりと、何気にサブカルチャー的臭がするなあとは思っていた。地下鉄の終点にあって、位置的にはマンハッタンより、コニーアイランドに近いという非常に奥まった所にある。アップタウンに住んでいる僕は1時間以上電車に揺られ、往復に3時間以上を費やさねばならぬ。

この大学院で僕の専攻は、パフォーマンス&・インタラクティブ・メディア・アーツ。頭文字をとって略しPIMAと呼ばれるちょっと実験的でもあるプログラムだ。アート、コンピューター情報科学、テレビ、ラジオ、演劇や音楽などのデパートメントの学部から構成されていて、それぞれの異なった専門分野がワンランク上での融合、所謂、学際的な創作のスキルをめざしている。エリアを越えたコラボレーションという部分に重きを置いている。授業もそれぞれに2人の教授がいて、違った専門の視点から教えてくれる。

現在のディレクターは、かつては、ジム・オルークとガスター・デル・ソルというバンドをシカゴでやっていた、デイビット・グラッブス。彼の歳は僕とほぼ一緒で、日本ツアーとかもしていて、ノイズ界に共通の知り合いも多い。現在も教鞭をとる傍ら、音楽活動をしている。英文学で博士号を修得してる越文系ロッカーだ。ほぼタメでこの立場の違いに、僕はあえて卑屈になるつもりはない。彼はとても、境を感じさせない目線でいてくれる。

もともと、この学科を知ったのはシティカレッジで一緒に音楽の勉強をし、バンド関係でも一緒にコラボしているエイバが、発見したことに始まる。音楽プロダクションの知識を得たからといって、この不況な音楽業界ですぐ仕事がある訳も無く、ならばもうすこし、学歴に箔を付けてみようと思ったのと、そういった環境に身を置く事によって刺激を得ようと思ったわけだ。PIMAの主旨実際、彼女とのバンドも、映像やダンサーなどを取入れ、マルチなアプローチで活動しているわけで、僕としてもこのエリアの開拓への意欲は旺盛である。

PIMAは全部で15人程居る生徒の内、ほとんどが演劇系を学んでいる。そのなかに、プログラマーや僕のような音楽系が交じっている。相変わらず国際色も豊で、日本の僕に加えてギリシャ、ベネズエラとアフリカ、後は全米からが多く、地元出身は少ない。僕個人のその手の経歴は、音担当としてダンサーやパフォーマーとコラボはしたことはあっても、自分自身が意識的にパフォーマンスはあまりない。だからこういったフィジカルな表現は、今まで使っていなかった脳の一部を活性化させているように感じ、自分の表現力を広げるのにプラスだ。

コラボを主体をする学科だけあって、生徒達みんなは、非常にオープンな気質だ。それぞれ表現したいものがはっきりあり、それを伝える術ももっている。一つのクラスは、毎週の様に課題をあてがわれ、グループで音、映像、空間やパフォーマンスを用いてそれを表現しなければならない。例えば、「架空の伝説的カリスマをつくりあげ、それを5分間で表現する。」というもの。我々のグループは「ダバ・ダバ・ドッグ」という、その後のダンス音楽に大きな影響を与えた伝説のバンドを仕立て上げ、数年後のインタビューという形式のパフォーマンスをし、エイバと僕でレコーディングした音源を、スタジオで収録した映像とともに流した。現在は来週の火曜日までに、また違うグループで、こんどは「ハムレット」を表現しなければならない。僕は、復讐に関するウタをつくって演奏し、最後は大乱闘となってみんな死ぬ、というシェイクスピアに祟られそうなストーリーの簡略化をした。

バンドでライブをやる時に、パフォーマンスだと意識した事はないが、なんていうか、つくりあげたい世界というものはある。ソングライティングでもそうだけど、なにかメッセージというか、漠然とした伝えたい事を表現することはとてもクリエイティブだと思う。そういった生産的なエネルギーを持ち寄ってつくりあげる世界は、個人という純度の高いエゴを越えるし、化学変化的な未知なポテンシャルを秘めている。保育園や小学校で劇をやったり、学園祭のときに教室にインスタレーションしたりした時の懐かしい、ずっと忘れていた脳が活動しだした感じだ。

もくのあきおは、コロンビア大学の施設内でサウンドエンジニアのフリーランスをしながら、ノイズ、エレクトロニクスなどのバンドでベースを担当しながら、奥歯のインプラントを目論んでいる。

www.myspace.com/spiraloop

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