ニューヨーク特派員報告
第81回

ハードコアの匠


実感もなく冬の終わりが訪れようとしていた3月前半、大学のプロジェクトの一環として、東海岸でもかなり大きめのレコーディングスタジオ「ビッグ・ブルー・ミーニー」に取材へ出かけた。ティム・ギルズというスラッシュ/ハードコア、最近ではエモコア系のアーティストをおおく手がけているプロデューサーがボス。有名なところでは、ヘルメット、アンスラックス、セプチュラ、ルナチックスから、最近ではサーズデイなどがここでの録音でヒットを出している。

ミッドタウンで同行する二人と待ち合わせ、電車でハドソン川をこえると、そこは長閑なホーボーケン。中流くらいの一般家庭が多そうな静かな街だ。地図を片手に、のそのそと目的地へ向かって歩いてゆく。とにかく坂の多い地区。丘を登り、マンハッタンを見下ろす崖には数件ホームレスの小屋があった。競争の激しい川の向こうで暮らすよりは、のんびりしていて良さそうだ。

巨大で真っ黒、窓も少なくまるでなんかの工場の様な建物。ブザーを鳴らし、中へ入っていくと、数枚のプラチナディスクの飾ってある受付で、数名のアシスタントと共に、ギルズ氏が出迎えてくれた。ちょっと病んだハルク・ホーガンのような感じ。目をギラギラさせながら話すスピードはかなり速く、しばしば興奮状態に陥ったりするあたりが似てる。まずは軽く施設内を案内してくれた。3畳くらいのブースを含む大きめの録音スタジオに、ニーブに2インチのオープンリールのあるコンソール。地下にはビリヤード、DJブースやキッチンのある休憩エリア。3つあるミックス専用の部屋。その他、ブースなんかをふくめるとなんと全部で13も部屋がある。

極めつけに、メインのミックスコンソールには世界に7つしかないといわれているルパート・ニーブ氏お手製の巨大なミキサー。5千万円以上はするというものらしく、ギルズ氏は「エンジニアのポルシェ」だといっていた。EQのかかり具合が、アクセルを踏んだ時の加速感に近いのであろうか?コレ一台のお値段で、名東区にちょっとした一軒家を購入することも可能だ。費用のかかるアナログ録音へのこだわりといい、ギルズ氏の制作にかける投資は並々ならない。山のように積まれているコンプなどのアウトボードの規模は、この間訪問したマンハッタンのトップクラスのスタジオを超える規模であった。

ギルズ氏はその威圧的な風貌(ランブルフィッシュという異名を持つ)とは裏腹に、我々の様なエンジニア候補生達には、かなり協力的であった。ノーギャラなのにも関わらず、包み隠さずすべてを打ち明けてくれた。まずは、50以上はあるであろう空調の効いたマイクの倉庫の中でインタビュー。突然、自分のエンジニア人生について語ってる最中に、なぜかアメリカの録音エンジニアの就職状況の難しさを指摘し始めた。そういった専門のインスティテューションのほうが、需要を上回っているというのが現状だそうだ。頑張って勉強して、技術や知識を身につけても、それを活かせるポジションにつける保証はかなり低いということだ。いきなり、きつい話だ。

ギルズ氏は、ひとつ質問すると10倍くらいにして返してくれる人なので、リポートしやすかった。ただその話し方が、情熱を抑えきれないばかりに、聞く者に口を挟む間は無く、時に四方八方に飛躍したり、熱狂的に捲し立てた状態から、いきなり声を押し殺したりするその話術(というべき)は、さながらテンションの高いカリスマ教祖のようだが、知的で的を得たことをいっている。20年以上に及ぶ彼のキャリアの中で、いかに独自の音創りを(殺気立つ程)真剣に模索していたかが伺えた。その何でもオープンに話しちゃうその姿勢の裏には、面倒見の良さそうなキャラが見え隠れもした。

「ビック・ミーニー」の中には沢山のアシスタントとインターンがいた。毎月、100人くらいの応募があるらしい。平均年齢は20代前半くらいだと思う。掃除をしている者、卓の手入れをしている者、クライアントと作業している者。珈琲を入れている者。その中で、ギルズ氏のお気に入り、「911」と名付けられたマニュピレーターが、このスタジオ独自のレコーディングプロセスと今流行のドラム・リプレイスメントの具体的なやり方を教えてくれた。このテクニックは、今の業界の中では、安定したグルーブ感を出す為に多用されている。録音データをMIDIにすり替えることで、自在に編集できるのでかなりのデフォルメも可能だ。

ギルズ氏の所有になる前から、1981年に建てられたこのスタジオには歴史があり、通算で24のゴールド、10のプラチナレコードを排出している。かつてのマドンナのヒット曲「ライク・ア・バージン」もここで収録された。グラミー受賞のプロデューサー、アンディー・ウォレンス氏が所有していた時期には、レイジ・アゲンスト・マシーン、インエクセスやジェフ・バックリーがここでの録音でヒットをだしている。

ギルズ氏は、プロダクションを重ねる度に彼の創作欲は増していっているみたいだ。「俺は、レコードがつくりたいんだ!」と言う。ここでのレコードとは、塩化ビニール板のことではなく、「記録」という意味に聞こえた。確かに、録音エンジニアリングやミックスという作業は、作曲と同様に実に奥が深い世界。しかしそこには、ちゃんとしたサイエンスやロジックが横たわっており、それを応用する経験を重ねてゆく事により、面白みが増してくる芸術なのだ。「俺はホントにこのクラフトが好きなんだ」と何度も口にし、納得する音を作り上げる事が「人生の追求」と言うハードコアの匠の情熱に圧倒された一日であった。

モクノアキオはニューヨークシティカレッジで、録音や作曲の勉強をするかたわら、最近はノイズ、ジャズとエレクトロの3種類のユニットへの参加もはじめ、最近は、演奏家としての成長にも意欲的になってる。 www.myspace.com/spiraloop

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