ニューヨーク特派員報告
第78回

街の可能性


14年目になるニューヨーク生活の中で、ハーレムには約3年すんでいる。お手頃な家賃が、僕の様な旺盛な探究心を中心に行動するアーティストにとっては、程よい事が理由のひとつ。なにせ、ここ10年くらいのマンハッタンの家賃の高騰はかなりのもので、貧乏アーティストも過ごしやすかった、イーストビレッジの家賃は約倍。もはやビレッジは、収入の安定しないミュージシャンには住み辛い街になってしまっている。そしてCBGB、コンチネンタル、トニックなどの相次ぐライブハウスの廃業、かわりにどんどん建築されてゆく、近代的ルックスのホテルに街の表情は、かつてのヒップな面影がかなり失せ始めている。

こういったライブハウスの移動は、ビレッジがもはや、アーティスト達の街ではなくなっている事を象徴している。アートや音楽はその変遷を遂げる中で、それぞれのシーンというモノが土台となっていて、同士達がお互いに刺激を受け合いながら切磋琢磨できる環境が大切だ。例えばパンクシーンの登場にCBGBの存在は大きいし、トニックの前衛ジャズに於ける貢献も計り知れない。人間は環境に大いに左右される傾向があるので、よく似た志を持つ者達が集まる事は大抵、プラスに作用すると考えられる。

例えば、モダンジャズやアバンギャルドに影響力のあるセロニアス・モンクを中心とする50、60年代のニューヨークジャズシーン。彼の持つ独特のスタイルの確立の過程はまさに、あらゆる文化が共存している、この街のもつ特有の磁場なしには考えられないと思う。ニューオリンズで自然発生的にでてきたジャズが、プレイヤー達と共に都会へと流れて来て、それぞれ微妙に異なる解釈でハーモニーやリズムを奏でる。アポロシアターからほど近い所にあった「ミントンズ・プレイハウス」というクラブで、そういった試行錯誤が繰り返され、ビバップというジャズの誕生へと繋がったのだ。

米国に於いての黒人同士の結束は強く、とくにジャズメン達の間においてもそれは顕著で、とても繋がりを大事にしていて、かなり近くのミュージシャンからも影響しあったり、助け合ったりしている話が多い。モンクなんかも、バド・パウェルに音楽理論を教えてあげたり、コルトレーンにアドバイスしたりしていたみたいだし、路頭に迷っているジャズメンがいたらメシを食べさせてあげたりもしていたみたいだ。そんなカタチの継承の仕方やリスペクトの姿勢はとてもクールだ。

1920年代、全米から差別を逃れて集まってきた黒人達は、ハーレムで独特の文化を築き始めていった。デジタルリマスターされた当時のハーレムの映像をスクリーンで観た時、道に溢れているその活気や、ドレスアップして歩いている多くの人々に一時期「ゲットー」と呼ばれていた荒みなど微塵も感じず、むしろ今よりずっと景気がよさそうなのに驚いた。60年代に公民権運動が盛んになり、ますます黒人はそのステイタスに誇りを持ち、謂れの無い偏見を打破すべく努力をしてきた。そんな彼らの姿勢は、常に僕に勇気を与えてくれるグッドなバイブだ。そんなグッドバイブは未だ、ハーレムの彼方此方で感じる事ができる。

先日、期末テストがハネた翌日、友人のハワイ育ちの韓国人のライブを見に、近所にできた新しいクラブへと足を運んだ。そのラインナップは彼の企画らしく、フラダンスあり、韓国人の打楽器隊あり、ジャムセッションありのバラエティに富んだ内容となっていた。そのすぐ裏山にある、シティカレッジの多くの音楽部の生徒達は、その開放感も手伝ってかなりの盛り上がりを見せた。しかし、韓国の伝統の打楽器の曲は、予想以上にカッコ良い変拍子だった。コリアンパワーが全開であった。

実は、その場で知った事であったが、そのクラブのオーナーもマネージャーも、前にはダウンタウンのクラブで働いていた古くからの知り合いであった。白人も働いていたり、雰囲気もなにげにダウンタウンっぽかった。これから、どんどん出演者を募集していくという。アパートからさほど遠くない場所で、こんなハコが出来た事はかなり嬉しい。しかも、そのすぐ裏山には僕の第2の生活空間である録音スタジオもあるのだ。なにげに、活動の土台となるモノが、揃ったことになる。

消費主義の文化の中で、街はその表情を変えてゆく。類は、友を呼び、そしてその新たなコミュニティーはシーンを生み出す礎となる。平均生活のレベルの低さから、未だ犯罪の噂は耐えないけど、ハーレムは確実に第2のルネッサンスにむけて前進しているように思える。このグッドバイブを感じながら、僕は、この街で、さらなる音楽の可能性に挑戦していきたい。

もくのあきおはニューヨーク市立シティカレッジのソニックアーツという学部で、録音と作曲についての勉強をしているかたわら、ノイズバンドでも活動している。www.myspace.com/spiraloop

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