ニューヨーク特派員報告
第68回

パンクロックの音響心理学


先日、今やブティックの立ち並ぶ、マンハッタンの南青山(?)、ノリータにある70年代からそのまんまって感じの時代遅れの地下スタジオでElectroputasのレコーディングが行なわれた。

この冬で最も寒いマイナス12度なのにも関わらず、バンマスのジョーは30分遅刻。不機嫌になった僕は、ブーレーズの「マラルメによる即興」の数学的な不協和音を聞き入り、彼とは言葉をかわさずにやっとありつけた暖かいキャブの中から凍てつくモノクロームなダウンタウンをながめながらスタジオへ移動。

そのスタジオは、タイ料理屋の下にあり、錆びまみれの階段を降りてゆくと、山と積まれた機材の奥に、裸電球が二つしかついていない薄暗く、換気の悪ーい部屋がそれ。スタジオ内にも、壁にそって粗大ゴミのように機材達がつまれていて、コンソールルームとの間の窓も、塞がれている始末。天井にはいくつかの管がはしっていて、ちょろちょろと水の流れる音(恐らく下水)が不思議な「癒し」の効果を醸し出していた。

自称「プタスのファン」で、スワンズやプッシーガロアに在籍したビルが、搬入を手伝ってくれた。昔は、一緒に実験音楽パーティーを企画していた仲でもある。お互い、大学に戻ってから、久しぶりに会った。そしてエンジニアはラリー7。この「特派員報告」にも何度か登場したアナログマニア。ダウンタウンで長年活動してるミュージシャンで彼を知らない人はいないくらい、強烈な雰囲気で、彼方此方に顔をだしているまさに「ニューヨークアンダーグラウンドの生き証人」という言葉がしっくりくる存在。

ラリーの本業は、ファインアートの写真家で、ニューヨークの美術館(MOMAとか)の写真とか多くは彼が撮ったものらしい。筋金入りのアナログコレクター。時間があれば、フリーマーケットに出かけ、物色する彼の姿を何度も目撃している。彼がもう何十年も暮らしているアパートの中はレアな機材の宝庫。年に何度かはカナダやウィーンとかの電子音楽のフェスティバルとかに参加して、地鳴りのする様なオシレーターの振動音をレズリースピーカーからブンブンまわすノイズ天国を具現している。最近、知性派パンクバンド、テレビジョンのトム・バーラインの新作のレコーディングも何曲か手がけていて、彼なりの音作りにも定評が生まれはじめている。

今回のレコーディングのセッティングも超アナログ。まずは、真空管のプリアンプを使用し、50年代のつまみ式のミキサーから1/2インチのオープンリールに録音するといった具合。マイクは真ん中にこれも50年代もののマイクを2つ、ドラムに2つ、ギー、ベーアンそれぞれにひとつと、ボーカルと環境音にパイゾのエコーマイク(スプリングが中にはいってる)、床に置いて接触振動音用マイクがひとつ。と極めつけが「移動式マイク」。人間が、そのマイクを片手にスタジオ内を動き回り、時にマイクを振り回して予測不可能なダイナミクスのトラック。たぶん、それをチャンスオペレーション的に活用するつもりなのだろう。今回その役を担当してくれたのは、サム・ヤッファ(ハノイロックス、ニューヨークドールズ)のバンドでギターを弾いているフィンランド人のハリー。革ジャンの似合うクールなロッカー。

アナログは録音できる時間に限界があり、テープの空きは1時間10分。3曲と即興演奏をこのラリーという超アナログで奇抜なフィルターに通すという音の化学実験。ネクタイを反対側にしめたラリー氏のキューとともに我々が演奏を始める。二日酔いもさめやらぬドラムスのジャイコは凄い勢いでヘッドバッキング、挙動不審にマイク片手に、スタジオ内をうろつき時にロジャー・ダルトリー(The Who)のように録音マイクを振り回すハリー。いったい何が起こっているのか、解らなかった。僕が大学で学んだフォーマルな録音の知識を超越/無視したボルテージの支配による周波数の磁化。それは、編集に依存する故に達したコンビニエンスから、忘れ去られた「録音作業の興奮状態」自体を収録しているかの様であった。

なぜかミキサーの上にミキサーが乗っていて、片方しかないモニターのないコンソールに入って、音をチェックした時、その音があまりに良い(感動/刺激的な)ので驚いた。最近、デジタルに囲まれたスタジオで24ビットの粒子の細かい音で、微妙なイコライジング作業してた僕には、衝撃的だった。ビンテージもんの機材は、それ自体がフィルターとなって独特の「ロックな音」を作る。それは、去年食した「スイカのガスパッチョ」の様に、いい意味で期待を裏切っていた。つまり、素材の持ち味をエキセントリックに調理する事によって、ディテールをより鮮明にしていたのだ。

今回のレコーディングは、ラリー7はもちろんの事、ビルやハリー無しには有り得なかった。スタジオ作業は、そこに1人でも第三者がいると音に影響してくる。何故、あそこにビルとハリーがいたのか解らないが、彼らが演奏のテンションをあげてくれたのは間違いない。この作品達は後にオーバーダブして、ソーシャルレジストリーから発売される予定だ。

モクノアキオは、ニューヨーク市立大学シティカレッジで、調性の崩壊した現代音楽の解析や、未来の音楽配信について勉強している。正月にell Fit’s Allで開催された「Mad Chicken Groove 2007」の模様もポッドキャストにて配信している。www.spiraloop.com

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