ニューヨーク特派員報告
第64回

落とし物にまつわるエピソード


人間は、後ろ向きには歩けない。過去の事ばかり考える事は、高層ビルの天辺から真下を見下ろすみたいに恐く、そして危険な事かもしれない。反面、できるだけ具体的な未来の予定やヴィジョンを設定することで、選択に頭を悩ます時間を省き、有意義な空想(妄想でなく)に耽る事もできる。現実性は、時間軸を中心にプログラムされているのかも知れない。

最近の飲み友達のフィルは、6年前にカルフォルニアの山中で再会した(彼はかつて、日本で僕のライブを見た事があった)日本語の達者な、アバンギャルド音楽家。ぼくらの会話は9割、日本語。在米日本人と、日本語の達者なアメリカンは、世代も一緒なので気が合う。

そんなフィルのライブ後、二人で焼き鳥屋で打ち上げし、泥酔した帰り道に、事も有ろうに、自分の携帯を落としてしまった。気がついたのは目が覚めた地下鉄の終点。空気のおいしい見慣れない風景の広がる午前3時半。ポケットというポケットを弄り倒しても、あのツルんとした(それは人間工学的デザインとともに、ポッケから滑り落ちやすい)僕のセルフォンの感触は無かった。

もう何度もやってるブロンクスからの明け方のUターン。車内は、早朝出勤っぽい労働者系の人たちが、あたふたしてる僕にシンパシーの視線を投げかけてくれいていた。心当たりと次なるアクションを考えながらアパートに戻った。シャワーで気を鎮め、眠りについても携帯にまつわる悪夢で、よく眠れなかった。なんか心細かったのだ。

朝イチで、フィルにメールしようとしたら、今度はネットがダウンしていて、なおさら世間からはぐれてしまったような気分になった。同級生で天才ピアニストのトシちゃんからケータイ借り、フィルに電話してみたけど、心当たりは無いらしかった。が、そこで初めて、自分のケータイに電話してみるという一番最初に出てくるべきアイデアにたどり着き、即実行。2度目のコールでフレンチなまりのお兄さんがピックアップ!それまでの鬱モードはパチンと音をたてて躁へと切り替わった。

実は、今回の最初からの悲観的推測の伏線は、そのひと月前のインシデントにあった。うっかりベンチに置き忘れたケータイを5分後に走って取りに行った時に、そのベンチを通った兄さんを発見。ベンチにそれが無かった事を確認するや否や、兄さんを追いかけ問いただした。しかし、兄さんは知らぬ存ぜぬの一点張りだったので、「もし持ってるのなら、売ってくれ!」と告げると、即効自白。結局、20ドルで取引は成立したのだった。一度無くした物は、そう簡単には戻って来なかった経験が何度かあり、その決断は、僕の中で正当化された。

僕の電話を拾ってくれたのは、アキム君というハンサムな白人ボーイ。ギタリストで、音楽を志してニューヨークに来たらしい。ユニオンスクエアで待ち合わせして、20時間ぶりにツルんとした愛機をにぎりしめることができた。僕は心からアキム君の取った行動に感動し、感謝し、お礼に20ドルをあげた。が、うかつにも彼の連絡先を聞くのを忘れた。僕のとった行動は、「都会の絵の具にそまった」浅はかなものだと彼と別れた直後に気づき始めた。

アキム君は、僕の友人達数人(Aの頭文字から始まる)に電話して、僕の携帯をもっている事を告げてくれたらしい。そういう話を、後に友人から聞くたびに、ぼくの胸は締め付けられる。なぜなら、そんな心の(顔もだったけど)綺麗な青年とのコネクションを、逃してしまった己の愚かさに気づかされるからだ。できる事なら、「探偵ナイトスクープ」にでも彼の捜索を依頼して、もっとちゃんとお礼がしたい。

時間は地球の自転速度の倍の早さで逆行する以外、後ろ向きには流れない。とりあえず今の僕にできる事は、アキム君からもらったグットバイブを絶やさず発し続けることしかない。

モクノアキオは、活動拠点をニューヨークへ移して12年目を迎える音楽学生。14年ぶりに、ell.FITSALLでのライブイベントMad Chicken Groove 2007が来年早々に決定し、それにむけてのポッドキャストもはじめた。www.spiraloop.comにて発信中。

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1/7(日)@ell.FITSALL
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詳細未定。次号を待て!

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