ニューヨーク特派員報告
第61回

ニューヘブン


このあいだコネチカット州はニューヘブンへ行って来た。Why?実は、日本の医療の未来への貢献とカネのために『名門』イエール大学の近くのクリニックで、治験(新薬の臨床実験)のバイトに参加するためである。とはいえ、労働というよりは僕の(健康)体を提供するだけなので、ちょっとしたバケーションも兼ねてのつもりでもあった。

こんな話をみんなにするとほとんどの人が危険だから辞めた方が良いと忠告してくれるのであるが、この手の臨床試験は人権保護法のもと、ちゃんとした契約をして安全を保証されているようであった。実際、参加者の中にも現役のお医者さんもいた位、治験はステレオタイプの危険なイメージとはほど遠い。薬の投与(今回は高血圧もの)も、非合法ドラッグとかに比べれば全くリスクは無いし、注射も、刺青を入れるときの痛みに比べれば、たいした事も無い。

4日間はクリニックに監禁状態で、後の3日間はホテル(ちょい豪華)からの通いだった。朝に血圧を測って採血するだけで、後はなにをやっていても良い。ただ、アルコールとカフェインの摂取は禁止されている。どちらにも相当依存した生活(1年程抜いたためしがない)をおくっていたので、この超素面状態は、まるでかるく脳に靄がかかった様な感じ。治験の直前のライブも素面で通した。ライブ前は、いつも飲まないけど、終わった後に飲めないのは切なかった。おかげで、最後の4バンド入り交じっての大ノイズセッションでは、できあがっている面々を横目に妙なくらいしっかりとしたベースをプレイできた。

旅の道ずれに、同じ大学のピアニストを連れて行って、病院のレクリエーション室でヘッドフォンをはめて、セッションした。二人とも病院服をきて、ファンキーチューンをジャムった。目の前のニューヘブンののどかな風景と窓に映ったその姿、自分達に聞こえている音と、カチャカチャする音しかきこえない周りの人々などの状況のコントラストがおかしくて可笑しくてたまらなかった。第3者から見たらかなり滑稽だったと思う。

クリニック滞在中は、ビリヤード以外ほとんど体を動かす事は無かったので、ホテルに移動してすぐに、バスで近くのビーチへ行った。コネチカットの海は、とても不思議。おもな特徴としては、波が極端に低い(まるで琵琶湖)。夏なのに、人がほとんどいない。海藻が豊富に岩にへばりついている。そして決定的なのは、あの5億年前から生息していて『生きた化石』の別名を持つカブトガニが大量に生息しているのだ!あの黒光りする独特の甲羅はゴキちゃんや、ジオン軍(機動戦士ガンダム)のモビルスーツのザクを彷彿とさせ、とてもかっちょいい。

浜辺の草むらで爽やかなシーブリーズを髪に感じながら立ち小便をしていたら、向こうの方で波の音を録音していたピアニストの絶叫が聞こえた。なにが起こったのかというと、ヘルメットと思って覗き込んだ物体に、無数の足(クモのよう)が生えていたのにたまげたらしい。それは、ひっくり返っていたカブトガニだったのだ。カブトガニは一度ひっくり返ってしまったら、なんらかの外的な力でも加えられない限り、自力で元に戻る事はできず死んでしまう。僕は、そのカッチョいい甲羅に恐る恐る手をかけ、尾っぽの折れたカブト君を波打ち際へ持って行ってあげた。

イエール大学の図書館や、美術館も巡った。ジョージブッシュ親子(米大統領)とかも卒業してる国家権力系の人や法律関係などでも有名な18世紀はじめに創立された私立大学。建物すべてが、肌色のレンガに統一されていて、その広大なキャンパスはとても異国情緒に溢れていて、ゴシックなアイコンや鉄製の門などデテールにわたって全てがいやみなくらい『荘厳で格式がある』と言った感じ。全面大理石でできた立方体の図書館には、16世紀のグーテンベルグ(世界初の印刷)の聖書とかあった。世界中の大金持ちの子孫達が集まっている大学だから、リソースも建築も桁外れ。歴史の教科書にでてくる絵画や古代ギリシャなどの彫刻が沢山ある。

美術館も、英国美術館の次にブリティッシュものがそろっていると聞いて、訪ねてみた。シェイクスピア展もやっていて、オリジナルの脚本や肖像画や彼の着ていた衣装などがあった。建築や内装は、絵を鑑賞しやすくできていたが、無数に並ぶすました君主や貴族たちの絵画をみながら、その時代にどれだけの人たちが彼らの贅沢や誇りの為に犠牲になり悲惨な死を遂げたかとか考えると気分が悪くなった。図書館の天井はビルの5階くらい高く、静けさも半端じゃなかった。ヘンデルのオリジナルの楽譜や、シュトックハウゼンの『ヘリコプター四重奏』の図形楽譜とか展示してあった。

1週間ぶりにマンハッタンへ戻って来て、アルコール禁止令(10日程)のとれた僕は、すかさずビールを購入し、ひさしぶりの“のどごし”を満喫しようとし、その味が以前と全然違う事に驚いた。アルコールの臭いがして苦く、まるで子供の頃に経験したまずさを感じた。しかもすぐにべろべろになってつぶれてしまった。ちょっとした報酬も稼げたし、有意義な時間を満喫できた初夏の思い出でした。

モクノアキオは、現代音楽家志望のピアニストとともに、カブトガニへのオマージュを作曲中。来月は、近代美術館のダダ展をレポート予定。 www.spiraloop.com

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