ニューヨーク特派員報告
第55回

『ストーン』


最近、ローワーイーストに『ストーン』というライブスペースができた。アベエニューCの2丁目で、10年前はドラッグが簡単に道で手に入った辺り。発起人はフリージャズサックス演奏者のジョンゾーン。彼は、日本とアメリカを又にかけ、ハードコアパンクとジャズを融合するなどその斬新なアイデアで一世を風靡し、ユダヤというアイデンティティを基調としたフリーミュージックのレーベルも設立し、精力的に作品をリリースしつづけている。実はこの僕も、彼のサックスのスタイルを模倣していた時期もあった。

『ストーン』は演奏者にとってありがたい画期的なシステムがある。それは、入場料すべてが出演者に還元されるのである。換気扇のない30畳ほどの、ストリートの角に位置するガラス張りのシンプルな空間には、ステージの裏にある増設された空調のないトイレ以外は、バーも無ければ、ミキサブースもない。入り口に、たった一人、入場料を請求するお兄さんがいるだけで、他はプレイヤー以外にクルーはゼロなのだ。徹底したコストパフォーマンスによって実現したインプロバイザーの為のハコなのだ。つまり、そこはドリンクもフードも持ち込みも禁止で、音楽を聴くことに集中するためだけの神聖な場所なのである。

12月は、日本人アーティスト月間で、巻上公一、灰野敬二、吉田達也に大友良英がそれぞれ1週間づつキューレートしていた。みんな海外では名の知れた日本を代表するミュージシャン。メンバーは日替わりで一晩に8時と10時の2セットがそれぞれの編成で演奏されるというプログラムであった。

巻上さんの週には、なんとあの伝説のテクノバンド、『ヒカシュー』の再結成があり、ものすごく足を運びたかったのだが、翌日のピアノの実技試験の練習に追われ実現できなかった。灰野さんの週は、期末試験の追い込みで全く行けず、吉田さんウィークからやっとライブが見に行けるようになった。吉田達也氏は、高円寺を拠点とし、ルインズという変拍子を駆使したプログレ音楽を演奏し、世界中で評価の高いドラマー。何かと縁があって、16年前に中野公会堂で共演してから、なんどか偶然に対バンになったりしていて、僕のソロアルバムにも、参加してもらったりしている。

吉田さんがゲストリストに載っけてくれたので、『是巨人』のライブをただで観れた。『是巨人』とは、英国のポストパンクバンド This HeatとプログレバンドGentle Giantを足して2で割った様な複合拍子バリバリのスリリングなリズムをきかせてくれた。日本では、鬼怒無月氏がギターを担当しているらしいが、今回はユダヤ人たちが代行していた。一度もリハをしたことが無いなんて、信じられないくらいの完璧な演奏であった。その翌日のロンルイズは、サンフランシスコでMoleculesというプログレパンクバンドをやっていたロンアンダーソンとのキメキメの変拍子ユニット。彼らが、ツアーの最中のバンの中での会話からできた曲、”Ketsunoana”(アスホール)は、そのプリミティブなボーカルスタイル、ロンの気合いの入ったギターソロに彩られて迫力のあるものとなっていた。

大友良英週間の2日目は、思いがけない豪華ゲストを迎えてのセットとなっていた。この日の基本メンバーは、大友さんをはじめ、我らが名古屋、元ブランキーの中村達也とベースはミックジャガーやブーツィーなどのミックスも手がける鉄腕プロデューサーでもある鬼才ベーシストのビル=ラズウェルであった。会場は満員で、前方は日本人ギャル達が陣取っていた。僕は、後ろの方からこっそり全体を眺めようかと思っていたら、入場料徴収の兄さんが、突如空いたビルラズウェルの真ん前の席を僕に勧めてくれ、彼のベースプレーを拝むのが夢だった僕に特等席のプレゼントをしてくれた。そしてその横には、『ストーン』の主のジョンゾーン。匠達の技を余すとこなく観察できるベストなポジションであった。達也氏の骨太なグルーブにビル=ラズフェルのフリーキーなベース、大友氏の音響的なギターに、まるでシンセサイザーの様なジョンのアルトサックス。そのすばらしいアンサンブルに酔いしれていたら、とどめに飛び入りしてきたのが、元祖ミクスチャーロックバンド、フェイスノーモアの変態ボーカリスト、マイクパットン。その凄まじい電子音さながらのハードコア声帯模写は、匠達の奏でる前衛ファンクと見事にマッチしていた。

即興演奏は、各々がフリーに演奏し、その各自のポテンシャルを最大限にキープしながら、偶発的にとびだすまやかしではないミラクルを導きだすことを可能にする。そして、そのメソッドそのものを媒体に応用したのが『ストーン』ではなかろうかなどと思ったりもした。

モクノアキオは、大学で音楽の勉強をしながら、ノイズバンドでベースを弾いている。今年もよろしく。www.spiraloop.com

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