ニューヨーク特派員報告
第41回

至上の快楽


実は、僕は、元ランニングハイの中毒患者で、1998年から3年連続で、ニューヨークシティマラソンを完走してしまった。

LSDがランナーの鉄則(『ゆっくり走れば、速くなる』佐々木功著)。LはLong、SはSlowで、DはDistance。要は、長い時間かけて、ゆっくり、距離をはしることがトレーニングのコツなのだ。僕は、あの頃、毎日、イーストリバー沿いの道を中華街近くの魚卸し市場まで、3つの橋を潜って1時間以上かけて走っていた。本番が近くなると、セントラルパークへいって、1周10キロのトラックを4周した事もあった。LSD(リゼルグ酸ジエチルアミドでは無い)は僕をハイにするから、一旦走りはじめると、毎日は走らずに入られなかった。ゆっくり、ゆっくり、でも歩くのではなく走るのだ。30分すぎたくらいから、軽い恍惚が経験できる。しかし、究極のハイは、自分の限界を乗り越えた時に、やってくる。

ニューヨークシティマラソンはとても、今となっては、出場権を得るのは、容易ではない。僕は、たまたま知り合いにランナーズクラブの人がいたので、3回とも出場できた。しかも、参加費が100ドルもする。が、それでも、世界中から何万人ものランニング中毒があつまってくる。

朝、7時に、42丁目の図書館のまえから、バスに乗り込み、スタッテンアイランドの軍事基地までゆく。当時まだ、そびえ建っていた国際貿易ビルが、小さく見えるスタートラインは、初めて参加した時には、僕の気を重くしたものだった。

11時くらいに、4万人くらいの参加者達は、スタートラインにつき、大声で雄叫びをあげながら、合図とともに走り出す。みんな異常なまでにハイだ。ブルックリンにかかる橋を渡りながら、先ず僕が目にしたものは、夥しい人々の立ち小便だった。もう寒い11月の第一日曜の気温で、コースの脇へそれて用を足しているおおくの女性達のオシッコからも、湯気がたっていた。

まずは、ブルックリンを縦に上がって行く。ダウンタウンはメキシカンや、南米系が多い。しかし、驚くべきはその観覧者の数、とその熱心な声援だ。バンドも無数に演奏している。サルサ、ロック、レゲエにブラスバンド。皆、口々に『Go! Go!』と叫んでいる。僕は、あの時ほど、ブルックリン区民を愛おしく思った事は無い。

1時間くらい、走って、ユダヤ人街を抜けると、今度はクイーンズに入る。ポーリッシュやロシア系の移民が多く、応援している。僕は、そこで、応援にかけつけてくれたエクアドルの友人にあい、マンハッタンへかかっている橋を渡る。中間地点を少し、超えたあたりで、体中が痛くなり始め、最も苦しいあたりだ。ずっと道々大声を張り上げ続けてきた他のランナー達もだんだん元気が亡くなってくる。

マンハッタンに、入ったとたん、今までにましてすごい数の観覧者の声援に包まれる。日本人は『頑張れー』と励ましてくれ、アメリカ人達は、僕が、黒いシャツをきていたので、『Go! Mr. Black! You can do it!』と応援してくれる。近くによると皆、手を差し伸べてきて、握手しようとする。何があっても、走り抜くしか無い。真っ青な空と、見渡す限りランナーで埋めつくされてるいつもと違う1アベニュー。

110丁目で、待っていてくれた応援の友人達は、5分前に郷ひろみが走っていった事をおしえてくれ、ブロンクスへと突入。ここからハーレムにかけては、黒人達が応援してくれる。ゴールのセンパまで、時間の問題。だが、最後の1キロは、信じられないくらい辛い。体中がバラバラになりそうで、息もつらい、もうすぐゴールと解っていても、歩きたい衝動にかられてしまう。見事なまでの紅葉に色づいた道を意識朦朧と突き進む。

ゴール。頭は、真っ白で、ただ、ただ、『やった。42.195キロ、走りとげた。』それだけのことで、もう、信じられないくらいのドーパミンが分泌され、身体は震え続け、涙がボロボロとまらない。ほんとに、ほんとに、気持ちよい。どんな素晴らしいドラッグもこれには、決してかなわない。帰宅の途も、街中の人達が『良くやった』と声をかけてくれ、地下鉄もバスもタダで利用できる。

シティマラソンはその応援の凄まじさから、世界中もマラソンの中で、最も完走率が高いといわれている。3度目のタイムは、4時間15分は、作家の村上春樹氏と全く一緒であった。しかし、これは、決して、健康的なスポーツでは無い(実際、翌日は膝が曲がらなくて、階段をおりるのには、一苦労)と思うが、あの感動が忘れられなくてまた走りたい衝動にかられてしまう。

モクノアキオの参加してるElectoputasは『3』という新譜がthe social registry より、11月9日に全世界で発売。日本では、}-vineが配給予定。正当派ニューヨークアンダーグランドを体験したい人は必聴。www.spiraloop.com

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