ニューヨーク特派員報告
第38回

Fahrenheit 911


今、アメリカはその傲慢さから世界に嫌われている。僕も小学生の時、戦争で沢山の罪も無い日本人を殺したから嫌いだった。筑紫哲也のいう“悩める帝国”の猛烈な権力の行使に世界中が真二つに割れようとしているみたいだ。

マイケルムーアの姿勢は、とても逞しい。アメリカがイラクに攻撃を始めた時、『ボーリングフォーコロンバイン』がオスカー賞をとった彼が、メディアを通してブッシュ政権に吐き捨てた言葉は、味方で無い者は敵と決めてかかるカウボーイへの挑戦状であった。

国際貿易センターが目の前で倒壊し、今までの自分の人生で予想し得なかった事態に身を置いて、第二次世界大戦後の高度経済成長期の日本で戦争の悲惨さもしくは平和の尊さを教わって育った僕としては、このあり得ない状況と、好き好んでアメリカに移住している立場の中、ただただ自分自身の無知さが腑甲斐無く感じられ、己の再構築に日々を費やしている。

1992年に、何の罪もない名古屋の青年が、ルイジアナ州で打ち殺された。『ボーリングフォーコロンバイン』は、1999年のヒットラーの誕生日に2人の高校生が銃を校内で乱射し13人を射殺した事件の背景をムーア氏の観点から、アポなし取材と、ちょっと極端な展開で、観る者を納得させるドキュメントだ。どこかルポライターの本多勝一氏を彷佛させる知的で鋭い切り口。
国際情勢解説者の田中宇氏がかつてから指摘していたように、ブッシュ一族とビンラディン一族やアラブの富豪との関係を提示し、ブッシュ政権の批判を痛烈に描いた『華氏911』は、上映3日で26億円、ドキュメンタリー映画では史上最高を記録した。

ニュースでは毎日、イラクでの凄惨な状況が報道される。人質の首が切り落とされ、罪も無い民間人は誤爆され、自爆テロもますます勢いをましている。アメリカは、己の幸福の為なら他国の犠牲も問わぬ利己主義の集団なのか?

『華氏911』上映以来、今まで見た事もない人だかりを近所の映画館を囲んでいる。自分自身もチケットを買うのに、上映4日後にも関わらず長い列に並び、それでも、殆ど売り切れになっていた状況。今、皆が観たがっているのは、セックスでもバイオレンスでもなく、偽りのない現実なのだ。

政治は人々をコントロールするから、平気で嘘をつく。しかし、それに本気で食って掛かって、真実を追求する事は、極普通の生活を送っている者には、困難で厄介だ。一般市民は、大抵、自分の暮らしのクオリティを上げる事に気がいって、直接身に降り掛かってこない世の中の出来事を見のがしがちだ。

今、兵隊となってイラクに駐留しているアメリカ人は皆まだ若い。兵隊の数もまだまだ足りない御様子で、僕の家にまで勧誘の電話があった。テレビゲームやハリウッド映画などで、機関銃をぶっ放すことがロックンロールだと思っているこれといって将来の目的もない中流以下の家庭で育った若者は、戦場のアトロシティを目の当たりにして、発狂もしくは、残りの人生をPTSDに悩まされて生きていく事になりかねない。僕の祖父、平松一三は岡崎の奥のほうの村の小さな学校で校長をしながら、短歌、詩や水彩画を書いていた。彼の終戦の年(1945)に書いた『個』という詩を掲載したい。

/個は人の固まりである/「われ」1人の姿/徹すれば亡ぶ/おお個は淋しきかな/*/個の伊吹が社会だ/個よ集れ 生きよ/個は溌刺とする/おお個は尊きかな/*/その寂しさと その尊さ/生活を支えるところ/生活の崩るるところ/おお個は生なり死なり/*/瓜の蔓に茄子はならぬ/瓜あり茄子あり南瓜あり/唯我 独尊/だが/瓜のうちに茄子があり/茄子のうちに瓜がある/夏野菜とみればなり/男の中に女がある/女の中に男がある/霊の中に肉がある/生があるから死があるのだ/現実の中に理想がある/和することはこれ人道なり/*/他を愛し理解せよ/個は自らにふかまる/個の全は全の完/おお/個に生きよ文化国家に/完

Power to the People!!


モクノアキオは昭和43年7月30日に、ビジネスマンの家庭に産まれ、埼玉、大阪、名古屋を経て、10年前にニューヨークに辿り着いた。大学に通いつつ音楽活動をしている。http://www.spiraloop.com

copyright