ニューヨーク特派員報告
第201回

地下文化のエクスチェンジ


7月末の99Hookerとの日本ツアーに向け、3週間連続、火曜の夜は街から2時間北へドライブしたアンクラムという山の中の彼の住んでいる家で過ごした。できるだけ都会から抜け出すことは精神的に重要なことであるので、週一、一晩、山中で過ごせる場所があることは非常にラッキーなことであった。2時間なんて、モートン・フェルドマンを聞きながらだと、3曲も終わらないうちに着いてしまう。

なんども書いてはいるが99Hookerは詩人でビデオ・アーティスト。もうコラボを続けてから20年たった。この年月でお互いの生活環境も随分変わったわけだが、最も変わった事は、おそらく僕がかつてより英語が話せるようになったことであろう。あの頃は、語学学校には通っていたものの日常でもほとんど日本語で生活していたからか、自分の考えていることや意見を英語で話すことが困難で、アメリカ人と長時間コミュニケーションをとることが大変であった。その後15年に及ぶ大学教育のおかげで、今では結構思ったように意見が言えるようになってきた。

だからか今回のリハーサルは、音を実際出すことよりほとんどディスカッション(酒飲みながら)に終始した。困難な会話で苦しんだ経験があると、普通に会話ができることがとても爽快な気分になる。今回は僕が彼の詩を意訳するにあたって、勘違いのないよう細部にわたって質問点検を行った。詩のフレーズの意味を本人から説明してもらうことは、詩としてのミステリアスな部分(開かれた部分)がなくなってしまうことになるが、勘違いよりはマシである。それに、そういった作業は作者の思想に触れることにもなるので、色々話が盛り上がるわけである。

Hookerの作品には原爆が登場してくる。一般的にこの辺り日米間ではセンシティブなトピックなのだけど、長い付き合いの我々にはなんてことはないので、日米間の歴史教科書の違いなど話したりもした。ヒロシマやナガサキは核を使用することに対する人類の(戦争の)狂気を表現する時に使われたりするメタファーとして海外でたまに目にする。しかし被爆国の日本ではそのメタファーはあまり使われない。そして時が流れるに従って言葉の意味も変わってゆく。現代はヒロシマよりフクシマの方が記憶に新しく、人類の狂気への問題提起のメタファーになっている感はある。

また彼の詩に登場する固有名詞は、日本人には全く聞き慣れないものが多い。例えば南北戦争時代の指揮官だとか銃の名前だとか、ブッシュ政権時代の上級顧問の名前だとかアメリカ人でも歴史や社会情勢に詳しい人でないと一発で聞いただけではピンとこないものが多い。またシェイクスピアからの引用もある。わかる人には「ふふふ」という感じだろうが。今回、それらの和訳・意訳はキャプションとして映像の下に表示される。こういう作業をしているといかに言語というものが、文化の歴史を象徴しているかを再認識させてくる。また一つ一つの単語や動詞のもつもう一つの意味(ダブル・ミーニング)を使用する詩を完全な形で訳することは無理だと感じる。そこのところ、合意があるので、いつの間にか訳者の詩にすり替わっている部分もある。

どこの国にも保守や排外的な人もいれば、リベラルや拝外的な人もいる。だから喋る言語の違いだけで、イデオロギーは全く測れない。だけど大雑把にみれば、国の社会のシステムや階層は微妙に似ているヒエラルキーがあると思う。ただ言えることは、世界中のリベラルは仲良くやっていけそうだけど、排外的な人々はそうはいかないだろう。世論がそっちに偏り出せば戦争に発展しかねないことは想像に難くない。何が言いたいのかというと、国内で右だの左だの衝突するのもいいけど、世界中の左が楽しいバイブを作るのも問題解決の糸口になるのではと。

今回僕は、ニューヨークからアーティストとして日本ツアーをする。米国に移住してからこの24年間で世界は変わった。顕著なターニングポイントは2001年9月11日と2011年3月11日。この2つの事件が社会にもたらした変化は、今回の我々の作品やパフォーマンスに色濃く反映されているはずだ。

もくのあきおは電子音響音楽家でメディア・アーティスト。7月後半にプチ日本ツアーを99Hookerとのコラボで行う。名古屋は7月29日にSpazio Rita。詳しくは

http://www.akiomokuno.com

copyright