ニューヨーク特派員報告
第210回

はたらくおじさん


子供の頃、NHK教育テレビで『はたらくおじさん』という小学生向けの社会科番組があったけど、実は僕も働くおじさんでもある。プロフィールは音楽家としていても、大体の収入はAVテクニシャンという職業を通してである。AVとはアダルト・ビデオではなく、オーディオ・ビジュアルの略。コロンビア大学の職員として働いていて今年ではや11年目。夢がある話でもないけれど、おじさんの仕事の内容をちょっぴり紹介しよう。

仕事の基本は、学会や会議用にマイクやビデオ・プロジェクターなどセットアップし、大学内のイベントをサポートすることだ。イベントは10人くらいの小規模のものから1000人近いものまで様々。大学生関係のものもあるけど、リサーチ・プロジェクトや外部の団体によるものの方も多い。ビジネス、金融、自己啓発、医療、国際関係、ジャーナリズム、心理学、黒人文学など、トピックはバラエティ豊かであるがAVのセットアップは一緒である。音響をやりながら、つい聞き入ってしまうスピーチもたまにあるが、よくわからない話も多い。

仕事の難易度はそれほどでもない。例えばレコーディング・エンジニアなどに比べれば、かなり単純なセットアップだし、無茶苦茶重いものを運ぶこともなく、クライアントがうざいのも稀である。高卒でも多少の経験があればクオリファイされるけど、募集はほとんどしていないので受け入れ枠は極めて狭い。

年収はたいしたことないけど、福利厚生は悪くない。有給休暇は年に23日あるし、医療保険も完備、退職金の積立もある。あと素晴らしいのはコロンビア大学の学費は一学期3クラスくらいまでなら無料で、仕事に関係あることであれば他の大学でも学費をカバーしてくれる。ただ、保険に関してはトリッキーで、アメリカは日本のように医療保険制度が充実していないので、1割負担で結構お金がかかる。歯医者で一本差し歯をするだけでもすぐ十万円くらいかかる。この国の医療は世界一高いのだ。

僕と同じAVテックはキャンパスに16人おり、全員、ユニオン(労働組合)に属している。実はこれがあるから、上記のようなベネフィットが保証される。我々のユニオンはオフィス・ワーカーや技術職専門でコロンビア大学内では一番大きく、近代美術館(MOMA)やニューヨーク大学(NYU)などとも連動している極めて規模の大きいものである。数年に一度、大学側と契約を協議し、こちらの条件が受け入れられなければストライキをチラつかせる。ユニオンは労働者の団結のもとにその権利を守る強力な組織なのである。The people united will be never be defeated!

基本、週休2日で1日7時間労働だけど、自由時間も多く、比較的のんびりできる仕事ではある。しかし、ストレスが全くないわけではない。最近は、新しく来たばかりの小煩い上司にうんざりしたりもする。また本番中に思いがけない機材のトラブルに冷や汗をかくことも稀にある。週末に早朝出勤することや、休みをとりたいときに許可されないこともたまにある。

仕事仲間は、音楽関係が多いとこは楽しい。プログレバンドのドラマー、ノイズ奏者、DJ、プロデューサー、シューゲイザー、などもいる。大体はアメリカ人だが、ドミニカ系が5人、アフリカ系ふたり、ロシア系、バングラ系、ペルー系がそれぞれひとり、そして日系も僕ひとりで、典型的な人種のるつぼである。年齢層は20代後半から50代後半までと幅広い。基本的にみんな性格は明るく、おしゃべりが多い。

バブル時代の日本で高校中退し、ロック活動していた僕は、1994年に学生ビザでアメリカに流れて来た。そこでバイトしていたお寿司屋さんがグリーン・カードをとらせてくれたので、大学に通って音楽プロダクションの技術を学ぶことができた。そこのクラスメイトのジョエルが紹介してくれたバイト先がコロンビア大学。働きだして1年後に正社員として採用された。まさかサラリーマンになるなんて考えたこともなかった。それまで、バイトを転々とした生活を長く送っていたので、そのことを考えると暮らしは安定しており、そういう意味でラッキーだと思う。しかし、AVテックはあくまで僕の仮の姿にすぎない。

もくのあきおのライフワークは作曲。ノイズバンドなどにも参加し、最近はホンダ・ユカのメディア・オペラなどでパフォーマンスなどもしている。

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